第9話 佐藤元上等兵の悔恨   


 蚌埠(バンプー)特務機関には、作戦部隊を現地除隊して軍属として採用された数名の職員がいた。元下士官が多かったが、皆、高学歴の常識人だった。

 その一人、佐藤さんは明るく温厚な人柄だったが、酒好きで、泣き上戸であった。

 特務機関に入る前、彼は漢口(ハンコウ)攻略に向かう部隊に配属されていた。その間に遭遇した虐殺現場の残酷場面も胸にこたえていたようだが、話の最後、死んだ戦友に対する罪悪感に耐えられずに泣き出すのが常だった。

 酔うたび彼は、こんな悔恨談を語りながら泣き出した。

 戦いを繰り返しながら漢口へ向かう途中、補給が途絶え、飯蓋半分の飯で二日間食い継いだ時のこと。畑の人参、大根等、手当たりしだい口にしながらの行軍中、一時間の大休止をすると号令がかかり、彼は道端に腰をおろして飯盒に残った最後の飯を食べ始めた。

 その時、隣に腰をおろした戦友が力のない声を出して「うまそうだな」と言った。この戦友の飯盒はすでに空だったのだろう。下痢でもしたのか、やせ細った眼はうつろだった。

 しかし彼に背を向けて、佐藤上等兵はわずかに残してあった貴重な飯を口に運んだ。そして、束の間の眠りに入った。

「出発」の号令に目を覚ますと、隣に寝ていた戦友はよほど疲れているのか、起きる気配がない。「起きろ」と呼んで覗き込むと、半開きになった眼は反応を示さなかった。死んでいたのだ。

 佐藤さんは、酔ってその話をしては、自分を責めて泣いた。

「あの時、ひと口の飯を分けてやらなかった自分が情けない。結局彼が死んだとしても、こんなに自分を責めないですんだのに」、と。

 不潔な水を飲んで下痢をする患者は多かった。炎天下、水不足のまま行軍すると、脱水状態で死者が出た。わたしもその現場を見たことがある。亡くなったのは年配の召集兵だった。”靖国の神”の中には、こんな哀れな兵士もいる。

 
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# by 1937-1945 | 2007-08-23 21:47 | 第9話 佐藤元上等兵の侮恨