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ブログ版にあたって 中谷久子   


 疎遠になっていた兄が昔のことを話してくれるようになったのは、6年前からのことです。81歳でようやく職を辞した兄と会えるようになったとき、70歳の私は、まだおぼつかない手つきでパソコンに、通信制中学のスクーリングのノートを整理していました。

 兄の戦争体験は、兵隊さんとは全く異なる珍妙なもので、裏側から見た戦争の姿を多くの人に読んで欲しいと思いましたが、当時の私にホームページを立ち上げたり、ブログを開くなど思いも寄らない事でした。

 それでも兄の話を覚えたてのワードに打ち込んでは、兄の話に共感してくださった山上郁海さんに送っておりました。それを彼女がホームページにまとめて下さって、多くの方の目に触れる事が出来ました。それから3年、何人かの読者の方から思いがけず感想文をいただいたり、研究者の方から更に詳しい情報を教えて欲しいと依頼されたり、過去の戦争や反戦に関心の高い多くの方と知り合うことができるなど、うれしい出来事がたくさんありました。インターネットの力には、ただただ驚くばかりです。

 山上さんを通じて、フィリピンと日本を結ぶビデオメッセージ・プロジェクト「BRIDGE FOR PEACE(ブリッジ・フォー・ピース)」の活動をしている神直子さんとも知り合う事ができ、彼女は兄と若い人をつなぐ話の場を設けてくださいました。
※神さんのホームページ(http://blog.bridgeforpeace.jp)

 やがて私もブログの作り方を山上さんのお友達から教わって、2005年10月『七十代万歳!』というブログを開くことが出来ました。

 我が家の歴史を百年前の写真入りで連載したり、戦時下の馬鹿馬鹿しい体験を書きまくったり、日常のひとコマや、花や風景の写真などを掲載したりしておりま
す。

 ブログを始めた事から、東北、北海道、京都などに沢山のお仲間が出来て、居ながらにして各地の風景や、祭りや、珍しい食材など見せていただきながら、『平和を護らなくちゃ』などと語り合っております。また、去年東京から埼玉に移住し、新しい町で、子供たちに昔語りを聴かせるグループに入れて頂き、目下昔話の暗記に熱中しておりまして、その様子もブログで報告したりしております。

 そんな折、山上さんから「『日中戦争の中の青春』をブログ形式で作り直してみたい」と言っていただきました。わたしがブログに慣れ親しんでいる事や、更新をするのに手間がかかるホームページよりもブログのほうが簡単で、人とも繋がりやすくなるとのこと。兄も私も喜んで賛成した次第です。

 ホームページ同様、今後も多くの方のお目に触れ、戦争について考えるひとつの窓になれたら幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします。
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by 1937-1945 | 2007-08-15 22:49 | ブログ版にあたって 中谷久子